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㈱やずや 矢頭美世子様



7月12・13日に静岡県浜松市で行われたクライアントフェスティバルでの体験スピーチの内容です。
>>(株)やずや 矢頭 美世子社長を陰で支える(株)サクセスパワー福岡


福岡より全国に自然・本物・健康をテーマに自然食品の通信販売の仕事をさせて頂いております。
一つの会社を大きくするよりは、社員の能力に合わせて、社員を育てていくのが好きなので分社化し、株式会社やずや・株式会社九州自然館・株式会社やずや企画で、前期200億の売上でした。少数制悦、得意分野のみに特化、集中させ一般的な仕事は全部アウトソーシングさせています。
このデフレの中、21世紀型企業として前向きに成長してきましたのも、私の最も愛する子供達、最
も愛する社員達が私の夢を一緒になって応援してくれ、理念、ビジョンを共有してくれたお陰と思
っております。


ただの主婦の私が、どうしてやれたのか、ポイントを話させて頂きます。
1971年、夫宣男27歳、私美世子22歳で結婚をし、東京で家賃2000円六畳一間からのスタートでし
た。
1976年、福岡の両親を見るために脱サラをし、脱サラといってもお金もない、人脈もない、何も無
いずくしのスタートでした。
1985年、夫婦で8坪の小さな事務所を持ち、社長30万の給与の内、10万は両親への仕送り、
借金返済に10万円、実質10万が家族4人の生活費でした。両親に仕送りする時、このお金があれ
ば、家族四人もっと幸せになるのにと思った時に、そうじゃない、堂々と上げられるようにならなく
てはいけないと本当に思いました。二年間私は、無報酬です。
パートを雇うお金もありませんでした。そういう形の中で頑張って参りました。



1991年、良い経営者になりたいという思いからSMIを採用し、素敵な上射場社長のご指導のもとで、
夫婦二人で学び始めました。二人で学ぶってとってもいいですね。夢を共有できるんです。毎日、
毎日楽しかったです。何にも無い、もしかしたらご飯に塩をかけて食べるかもしれないけど、夢だけ
もっていました。本当にSMIをやったお陰だと思っています。
こういう中で、経営者の友人と一緒に水曜日早朝6時30分からSMI早朝勉強会をスタートしました。 
また、その年のSMI30周年記念大会に夫婦で参加しました。本当に無きなしのお金でしたが、夢が
欲しかったですし、パワーがもらえるということで、参加しました。
マイヤーさんの記念講演や湾岸戦争の総司令官シュワルツコフ将軍が「自分の責任で決断しな
さい、正しい事をしなさい」とこの二つのことをリーダーに伝えたと言う講演を聞き、これは、私たち
にとって最高に燃えました。
社員を信じて一緒に夢を描くことを学ばせて頂きました。
そして二人で決めたことは、おしどり経営を目指し、夫婦で一緒に学でお互いパートナーとしてや
っていくということです。


人生設計、SMIから学ばせてもらいました。家族全員の名前、年令、夢を描いた「矢頭家大発展計画書」を作成しました。夫婦で夢を描いていましたから大体叶いました。ただ、叶わなかったことがあります。子供達の結婚です。いまだかつてその気が無くご縁がありません。今年中に絶対に結婚させようと思っていますが・・・。
2人で人生設計をするとすごく楽しいですし、夜眠るのも惜しいくらいで、話し合って朝明けるのにびっくりするということもありました。
毎年、年末に作成する夢のリストは、上射場社長が封印して一年後に持って来てくれチェックします。今は会社の中で社員達と一緒にやっています。社員達と夢を共有し楽しいゲームです。
皆さんから「夫婦で24時間一緒にいてどうしていつも仲良く出来るの?」と言われました。
本当に仲が良かったです。きっとこれは、SMIで一緒に学んで、一緒に夢を描いて一緒に人生
を共有して前向きに取組んでいったお陰ではないかと思います。SMIに感謝致します。


夫婦でおしどり経営を目指して全て順調に伸ばして来た1998年、先代の突然の死でした。
祖父母、主人の両親を介護して他界後「美世子、ありがとう。仕事をしながら良く看てくれたね、
これから僕達の人生だね」と言って1ヵ月半後に主人が亡くなるんです。四人介護をしてきまし
たから、自分は看護のベテランと思っていただけに自分の一番愛する夫の病気をみつけられ
 なかったと自己嫌悪に陥りました。眠れない毎日が続き、「病気を見つけられなくてごめんね」
と主人に謝ろうとお寺とお墓参りで懺悔の毎日でした。
しかし、会社は私を待ってはくれませんでした。先代がいろいろと培った社長としての素晴らし
い経営を、印鑑一つで私が社長になってしまうのです。その手続きのあまりに簡単なことに、
とても悲しかったことを憶えています。 
私は、先代の器には程遠い、だけど社員を愛することは、先代に負けていません。でも、社長
の器ではないから誰かは辞めていくだろうと思いましたが皆私を支えてくれました。
社員たちは、「社長にがんばれと言うのはやめよう。自分達がまず頑張ろうじゃないか」と決め
たそうです。ありがたいことです。私ほど不幸な人はいないと思っていたとき、そうじゃなかっ
たんです。子供達と社員がいたんです。こんなに周りに愛してくれる人がいるんだからこれか
らは、皆と一緒にやっていこう、全員参加型企業を目指そうと決心しました。


私は、総務・経理畑です。現場のプロとして私が社長になるのだから私らしい得意分野で更にパワーアップし、女性経営者だから出来る所に特化しようと決心しました。

先ず、先代が作ったやずやの企業文化、先代が何を目指してきたのか、言った言葉、思いを社史にしました。
先代が目指してきたものが薄くならないためにも、創業者の思いを私が絶対に伝えていく役目だと思ったからです。
そして、私は創業者の夢を実現していくため、先代が3年かけて作った「香醋」に命をかけ、日本一、オンリーワンにしようと本当に頑張りました。主人が最後に遺してなくなったから本当の思いを伝えたかったのです。お陰で単体売上100億を超えました。社員達にこの商品に命をかける思いをきちんと伝え、社員達も同じ思い、同じ方向で動いてくれたお陰です。


私一人じゃたいしたことは出来ません。でも愛する社員達がいれば、一杯夢を描けるんだ、だからこれからは、全員参加型企業にしていこうと思い、売上、粗利益の全てをオープンにしました。部門管理と権限委譲し、全員が経営者感覚を持つようにしました。 
そして一番大事にしたのは、20代の若い人を信じ、成功体験を積ませて自信を持たせようと思いました。自信をつけたら、知恵が出て、アイディアが生まれるんですね。私は自信が無い限り良いアイディアは絶対に生まれないと思っています。いかにして自信をつけさせるかが経営者の役目だと思います。
それと社員と夢を共有することです。32億で、先代が亡くなった時にいろんな新聞社が言いました。カリスマ性の社長が亡くなった。まして健康食品の会社の社長が亡くなったら、やずやは危ないんじゃないのか、私はこの記事を拡大して胸にしまいました。一年後倍の62億になりました。これは、私の力ではないです。社員達が一緒になって夢を共有してモティベーションを高めたお陰だと思っています。この悲しみの中で、本当によく頑張ってくれました。悲しい思いを忘れ、新たなスタートを切るため、パートさんも含めて全員でラスベガスに行きました。



私は演出家です。社員が主役です。舞台を作るのは会社の役目と思っています。部門管理、業務の交渉はすべて各現場に任せました。そしていかに社員がやりやすい環境を作るのかが経営者の役目と思います。
先代が言った大好きな言葉に、
(1)財を残すのは下、お金なんか直ぐ無くなるよ。(2)企業を残すのは中、企業でも今は老舗もなくなるだろう、でも(3)人を残したら上、人材を資産として捉えたら会社というのはいつでも 21世紀型企業になるんだよ、そして(4)感動を残すは最上、仕事は感動を通して覚えさせなさい。体験を積ませ、褒め、育てることが大事だと教えられ、実行しています。



どこにも無い独創的な商品、やずやしかないサービス、売り方、こういうことを考えるのも人材です。お客様が何を喜んでいただけるのか、商品を物として捉えないで、私たちがおもてなしの気持ち、情報、ニーズを把握し、やずやブランドとして売っていけばお客様に、なくてはならない存在として絶対に21世紀には残っていくと先代から言われました。
更に社長の器として社長というのは、まず、
(1)素直でなくてはいけない
社員達がいい意見を言ったら、聞く耳を持たなければいけない、
(2)お金は卑しく使ってはいけない
自分の会社ではない、みんなの会社だから人生観が大事だ、人生観の中で卑しく絶対に使ってはいけない。
(3)そして社員と共に夢を語りなさい
この先代の教えをしっかり守って、前向きに決断して行動していきたいと思います。
先代が私にやずやの企業文化を残してくれたこと、SMIによって夫婦でしっかり夢を語ったこと、DPMカンパニー・DSMカンパニーをやり続けたお陰で社員としっかりコミュニケーションがとれ、夢を共有して会社一丸となったことに感謝致します。
私には愛する子供達、愛する社員たちと一緒に歩むことが出来ます。今最高に幸せ者です。ありがとうございました。